【食コラム】便利さから半歩戻って見えてくるもの
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2008年08月12日
空気はタダ。湯水のごとく浪費する。霞を食べて生きられるか? いずれも換金価値が無いか低いもののたとえに使われていた。ところがである。今はとてつもなく高価で重い意味を持つに至った。深呼吸して体いっぱいに吸い込みたい「うまい空気」は高嶺の花。湯にすべくエネルギーの高騰は天井知らず。水は枯渇寸前で水戦争も起きかねない。たなびく霞は汚染のスモッグか花粉の渦。近頃は大陸から黄砂まで押し寄せて、お日様も霞の彼方だ。
憂うべきこの状況は深刻な食料不足という現実に直結する。誰もが漠と感じていた危うい近未来がひたひたと近づいてきているのだ。
30年前既にこの未来は予測されていた。英国の環境生態学者はより踏み込んだ説を立てている。当時37億6000万人だった世界総人口が30年後の2007年には倍増し、70億にせまるだろう。環境汚染もエネルギー危機対策も急務であるが、深刻な食料不足には人口増がある限りお手上げ状態である。
一方で科学の力で克服できるという楽観主義者もいた。悪環境に強い新種の穀物を発見開発し、タンパク源は工場生産すればいいと。地球上で南北の格差が顕著になり始めたのもこの頃である。長期にわたる干ばつ、戦争で栄養失調による餓死者がエチオピア10万人、バングラデシュ15万人、ほかの途上国でも相当数と伝えられた。だが、その頃豊かな先進国では食用動物の飼料やペット用に消費した穀物は当時の中国とインドの全人口の消費量に匹敵する量だったという。これも事実である。その中国とインドが今や世界の食糧環境を左右する国になった。
中国、インドへは何度か訪れる機会があった。有史以前から計り知れない知の財産を持つ国であることはさておき、この両国の第一印象は「怖くなるほど人がわいて押し寄せてくる」につきるのである。特に都市部では人、ひと、ひとに車、バイク、自転車(インドでは牛さんも)の勢いと喧噪に立ちすくんでしまう。15年も前の有様であるが、人口爆発に近代化は追いついていないのが現状であろう。
同時期に中国湖南地方の桃の生産農家を訪ねたおりのことである。経済開放政策が少しずつ進められて、中国のあちこちに金万戸(富裕層)が続出していた。食生活の豊かさは果物の消費拡大につながる。都市部への販売で金持ちになったこの模範農家でお茶を供された。お茶請けはガラスの小鉢にゆで卵二個、たっぷりの黒蜜に金粉がぱらりとかけてあった。通訳いわく、結婚式でも出ない最高のもてなしとか。卵は日本でも昔は「病人の見舞いに」といわれるほどの貴重品だった。やがて朝食に目玉焼き(当然二個)はごちそうではなくなった。早晩この国もそうなるだろう。で、この国の人口×卵二個の朝ご飯はいったいどれだけの卵が要る? ワインもチーズも、今は牛肉も鮮魚も世界中の珍味、グルメは中国セレブの御用達である。
大河長江を船で下った。電力供給のために長江に巨大ダム建設が着手されようとしていた頃である。歴史や文学に登場する数々の名所、寺院が水没の運命にあった。
この大河を何日もかけて下るうち、行き交う大型船も漁船も水上生活者も、排水や生活汚水はすべて川に流していることに気づいた。対岸からは石炭の燃えかすも捨てられる。「規制はないのか」と聞いたら通訳はこう答えた。北京大学卒業で日本文学を読みこなすというエリート通訳だった。
「中国は発展途上国です。いろいろ問題はありますが、先に進んだ国に追いつこうとしているのです。ほら、文豪芥川龍之介の“蜘蛛の糸” ですよ。先を行く人が自分だけ助かろうと糸にすがって後から上ってくる人を蹴落とす権利はありますか」。
人は食物を求め続け、より快適な暮らしを追いかける。皆がせめてもう半歩戻ってみたら、糸の太さや強さが変わるのだろうか。

左)ダム建設中の大河長江
中)沿岸で観光客目当ての売り込み
右)リヤカーが大事な運搬車
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