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【食コラム】 「おいしい」の向うにあるもの

2009年12月25日

塩川恭子の食コラム
人生最後の食事は何を食べたいか――。何年か前、「最後の晩餐」というテレビ番組が話題になったときである。仲間内の集まりでもこの話になり、「じゃあ、みなでそれぞれ表明しよう」ということになった。自他共に食への一家言を持つ面々、ことは「晩餐」である。「天然もののフグチリ」「いや赤牛のヒレステーキは旨いそうだ」「やっぱり極上ネタの寿司でしょう」ひとしきりさも有りなんというメニューが出揃った頃、誰かがボソッと言った。

「おふくろの味噌汁。麦味噌でタマネギの具入り」。一瞬、沈黙。フーッと不思議な空気が流れた。

「修正!横丁の肉屋の揚げたてコロッケ」「洋食屋のオムライス、ケチャップがけ」「甘っ辛く仕上げた金目の煮付け」「〆はぶ厚いチャーシュー入りラーメン」にわかに威勢のいいテンポで次々訂正が入る。「炊きたてのご飯。ほぐした豆腐とおかかのせてお気に入りの醤油を数滴」そう続けたのは私。

「それって、猫マンマじゃない?」はい。このうえなく幸せな猫でありたいデス。
こうして最後の晩餐表明は幕をとじた。


「味覚」とは「味を覚える」と書く。

「味」は記憶そのものである。

「おいしい、まずい」は食べものを表現、評価する代表的な言葉だ。だが、万国、万人の共通語であるこの「おいしい、まずい」ほど存外不確かなものはないと思う。たったひとつの食べものでも、思い描く味の記憶は百人百様。どこかの国の宰相さまが言った如く、人生いろいろ、感性それぞれ。

味の記憶は人が、どの時代どこでどう生きてきたのかでおおかた決まる。国、風土、地域、家庭環境。そして、大きく左右するのは食べなれた味かどうかだ。誰でも慣れ親しんだものはおいしいと感じる。すぐ受け入れられる脳の訓練ができているのだそうだ。では、好き嫌いは?たいがいは最初の不幸な出会いによる。過去に感じた「嫌い」という記憶の拒否反応が真っ先に作動してしまうらしい。

味を覚えるには学習訓練が要る。子供の嫌いなもの、香りの強い野菜、香辛料、ネバネバ系、酸っぱいもの。これらは総じて家庭環境によるところが大きい。「うちの子供は嫌いだから」と食卓に登場しない食べものやメニューは、えてして母親が嫌いなものが多い。かくて学習機会がないまま、食べず嫌いの大人になり、「嫌い」の伝承が続いていくことになるのだろう。

日本人の味覚に対する感性は抜きん出ているといわれている。味を表現する豊富な語彙は多彩な日本料理に由来していて、絵画的な繊細さをも持つと称されてきた。
相変わらず盛況なグルメ番組のレポーターさん達は、「ジューシー、柔らかーい、甘―い」が三大用語だ。
ある意味で、今の日本の味の好みを的確に表しているかも知れない。

  
昔の話になるが、ワインの仕入れに便乗して何度かイタリアを廻った。蔵元では度々、ワインのテイスティングとレクチャーが催される。多様な品種で次々用意されたワインの味はその後の学習が続かなかったせいか、ほとんど覚えていない。記憶にあるのは彼らのワインの表現力である。

「黄金色に光る麦の穂」「夕日に透かした赤いバラの花びらの色」「枯れた牧草にフェンネルの移り香」。通訳の作詞?とも思えるほど、絵画的であった。イタリアの強烈な太陽と市場に積まれたカラフルな果物や野菜、ハーブ。なだらかに続く若緑の丘陵。グラス一杯のワインからよみがえる。

「おいしい」は奥が深い。一粒の大豆から、畑、育てる人、大地、水、空気、手元に届くまでの多くの人の手のぬくもりと感謝の想いを感じることができるだろうか。

「おいしい」は「ありがとう」でもある。間もなくお正月。ごちそうのなかに心からの「おいしい」を幾つ探せますか。

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投稿者: 食の学校 日時: 2009年12月25日 10:00 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

【食コラム】 アンニョンハセヨ 済州島

2009年10月29日

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「テーブルの足が折れるまで」韓国でお客をもてなす表現としてよく使われてきたフレーズである。大きなテーブルに卓上いっぱいのご馳走。大皿の上にさらに皿。二重三重と料理の皿が重なることも珍しくない。屈強の男衆が何人もで運んでくる。もっともこの話はオリンピック(’88年)以前のことである。ウェルネス、スリムがビューティの主流である昨今はめったにお目にかかれなくなった場面である。今風は皿数は多くても少量でこ洒落た西洋風の盛りつけ。伝統的な料理でさえ新趣向を凝らす。特に都会での変貌は著しいようである。

お嫁さんがキムチを漬けないどころか買ってくる。孫はキムチが嫌い、などとおばあさんが嘆いていた。日本から見るとはるかに韓国のお母さんたちは頑張ってまじめに「食」と向き合っていると思うのだけれど。

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「医食同源」「食は上薬」の文字通り、世界で一番沢山野菜を食べる国、キムチに代表される発酵食、雑穀文化、多彩な餅文化、地方各々の伝統酒、根強い民間茶と民間薬信奉などなど、身びいき分を割り引いたとしても私の知る韓国の食は、世界屈指の奥深さと豊かさを持つ。人々も自国の文化、食に誇りを持っているはずだ。以前「韓国の伝統食文化」を訪ねて料理研究家の方々とぐるり一周したことがあった。韓国の大学には「伝統食文化研究科」なるものや、食サークルが幾つもあり、各地域で学生たちと意見交換、交流する機会があった。

スパゲティやピザ、パン食が既に身近にあったが、自国の歴史、食文化に精通していて驚かされた。「最後はやっぱりキムチとオモニ(母)の料理に尽きる」と誇らしげだったっけ。その彼らの子どもたちが、キムチは嫌い!? かつて日本がたどった道をおもわずにはいられない。


そして済州島

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「ぜひ済州島へ行ってごらんなさい」そう言われ続けてきた。20年以上も韓国通いをしたのに始めて済州道を訪ねた。

韓国の最南で最大の島。日本の淡路島の3倍、伊豆大島のひとまわり大きい火山島。ここに55万人が暮らす。古くはタムラの国という独自の文化を持つ独立国だったが、高麗王朝時代に韓国に吸収されたという。以来政変がある度に政治犯が送られる流刑の島であった。

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暖流の恵みで新鮮な魚介類とかんきつ類が主な特産品と、にわか知識を詰め込んで出かけた。
現在の島は韓国隋一のリゾートのメッカ。マリンスポーツはもちろん、23あるゴルフ場は間もなく30を超えるそうだ。ゴルフ場がもたらす農薬汚染など気になるところであるが、長い間貧困にあえいできた島民は、開発を歓迎している。
「韓国のハリウッドを目指す」島全体が日本でもおなじみのドラマや映画の舞台。ロケ地めぐりのツアーは人気で、最大のお客はもちろん日本のおば様たちであるようだ。

みかんの来た道

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この島で確かめたかったことのひとつは「みかん伝来の道」である。今は韓国本土でも簡単に手に入るみかん。昔は「日本からのおみやげはみかんにしてね」というほど貴重だった。熱帯地方原産のみかんは寒さに弱い。済州島は西岸に赤道海流の支流が流れている。

ヤシの実も流れてきたというからどうやら南方から運ばれてこの地で生育したらしい。2000年前、タムラの国以前から生産されていた。世にも珍しい貴重な果物として都に献上。うわさを伝え聞いた和の国(日本)の天子がわざわざ求めさせた。みかん伝来の道はこの島からだったという説。

現在、済州島のみかんはデコポンに代表されてしまっているが、島の民族博物館にいくと、在来の品種はおよそ35種類残っているという記録があった。青橘、黄橘という表示しかない。果物市場で聞いても大・中・小、早生、晩生程度だったが。

日本の文化のほとんどは朝鮮半島経由のものが多い。トレーサビリティも大事だが、原産地からどのような旅をたどり物語を経て、今私たちの前にあるのか。
ぜひ知る機会を求めてほしいと思っている。

百聞は一見にしかず。食は味わってみるに限る。
素朴で飾らない頑固なまでに昔のまんま。ずーっと昔に感動した韓国の食が済州島にはあった。

投稿者: 食の学校 日時: 2009年10月29日 11:45 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

【食コラム】 「森は海の恋人」キューピッドは「鉄」だった。

2009年09月24日

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「面白いものを見せられると思うので、連休明けにでもゆっくり来られたらどうですか」畠山さんからのお誘いで久しぶりに三陸・気仙沼を訪ねた。

合言葉「森は海の恋人」という植樹運動で知られる畠山重篤さん。本業は漁師、カキ養殖業であるが全国区どころか海外での評価も高い。近年は京都大学で教鞭もとられる環境問題の旗手である。

「面白いやつがいるから紹介するよ」と畠山さんとの出会いをつくってくれたのは陸前高田、八木澤商店の河野和義社長。
もう20年以上も前のことである。


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最初に訪ねた時も2回目も畠山さんは海ではなく山にいた。既に植樹運動の準備を始めていて、基地となる室根山である。

長年あたためていたというキャッチフレーズ「森は海の恋人」について熱く語る。ついつい引き込まれて、養殖場で日没を迎えてしまうこともしばしばだった。以来、折りあるごとに訪ねた。食の学校のフォーラムやセミナー、産地研修なども何度か機会をつくっていただいたが、いずれも駆け足。

畠山さんの舟に乗せてもらい、ゆっくりカキ筏を巡るのは何年ぶりのことだろう。

「さあ舟に乗る前に見せたいものの登場ですよ」と浮き桟橋のぶ厚い板を一枚はずした畠山さん。促されて覗き込んだ水面下が黒々としている。え?この入江はいつも澄んでいて岩に張り付いた貝やゆらぐ海藻の細部までよく見えたのに。目を凝らして見るとその黒いものが動いている。

魚の群れだ。海底から湧いてきたかの如くの大群。メバルの二年魚だそうだ。さらにもう一枚板を外して、水中の金カゴを引き上げる。中には赤茶色の物体(?)。畠山さん曰く「鉄炭ダンゴ」これが魚群生の源らしい。竹炭と鉄くずを粘土で固めて焼いたもので、3年前から浮き桟橋下に吊り下げた。

半年たった頃から海藻の繁茂が顕著になり、魚の群れが現れるようになったという。見るからに重そうな鉄の塊である。が、以外に軽い。

吊り下げられた海中にあって、少しずつ少しずつ鉄が溶け出し、藻を育て魚を育んできたのだ。


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豊かな森が豊かな海を育てる。
植物プランクトンや海藻を増やすには海が豊かであることが必須。だがどんな海でも鉄分が足りないと植物プランクトンも海藻も育たず、貝や魚は寄り付かない。陸の植物もチッソやリンが豊富にあっても鉄がないと栄養分を吸収できない。その植物プランクトンを吸収できるかたちで鉄分を供給しているのが森林。というのが「森は海の恋人運動」の根幹なのである。「炭鉄ダンゴ」は畠山さんが植樹運動を展開するなかで、気づき、調査し、実践したことの確たる証でもある。

「森と海」双方を結びつけるキューピッドは「鉄」だったのだ。

宮崎駿アニメ「もののけ姫」に登場するたたら製鉄は島根県奥出雲が舞台。古代からの鉄の産地は高度な製鉄の技術のみならず、そこを流れる斐伊川から宍道湖、日本海に豊かな恵みをもたらしてきた。鉄分の供給である。実は南三陸でも昔から「たたら製鉄は盛んに行われていて、出雲に次ぐ鉄の産地だったという。

奥出雲と三陸。個人的にも最も縁が深く、長いお付き合いを続けてきた。何よりすばらしい方々がいる地域である。

今さらながら「鉄のご縁」に感謝!


「おまけのおいしい情報」
Rのつく月はカキは食べられない!? カキがおいしくなるのは実はこのあとから。植物プランクトンをたっぷり含んだ山の雪解け水がカキを太らせる。水山養殖場でデビューした「青葉ガキ」は通常のカキシーズンが終わる頃から出荷する。小ぶりで底がとんがってるシドニーロックタイプ。

つるんと呑み込むと海の香りが広がった。

投稿者: 食の学校 日時: 2009年09月24日 16:02 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

【食コラム】 春に春の花咲く季節であるために

2009年04月15日

kantougen73-01.jpg桜咲く季節となりました。

世界中が暗いニュースで沈み込んだこの冬、ひとしお待たれた「春」の訪れです。

自然の営みは今のところ着実で確かなものです。冷たい風が吹く冬の日も窓からさしこむ陽射しは日一日と明るさと暖かさを運んでくれる。

小さく固い冬芽の桜。少しずつふくらみをまして赤みを帯びてくると、開花情報が気になり出します。「自然はえらい!」と思わず喝采せずにはいられません。

そのえらい!自然が狂いだすゾ、と言われつづけてきました。気候変動、温暖化という言葉を頻繁に使いながらもどこか他人事。恵まれた自然にどっぷり浸かりすぎて、その恩恵すら忘れがちな私たち日本人にとっては、近くて遠い現実だったかも知れません。が、ここ数年は明らかに異変度がアップ。自然時計に合わせて生きる植物たちが先ず悲鳴を上げだしました。近い将来、お正月は桜の花見で、なんてことにもなりかねません。花見はさておき、自然相手の農家の皆さんのご苦労が思いやられます。

 春が訪れて花が咲く
 なのに鳥は啼かない

かのレイチェル・カーソンのSilent Spring「沈黙の春」が世に出てから半世紀になろうとしています。近年になり、この沈黙の春に是非論も出ているようです。過度な化学物質悪者論をつくりあげた、特にDDTの全面禁止がマラリア撲滅の機会を逸してしまったというのが否定論者の主張です。

でも自らの行為は必ず自らに還る。是非を論じている間にも鳥の啼かない春の訪れがにわかに現実味を帯びてきませんか。あの衝撃の警鐘から私たちは何を学び、どう変わり得たのでしょうか。


日本での有機オーガニック運動にはいくつかの大きな波がありました。第一次の波はこの沈黙の春、そして有吉佐和子氏の「複合汚染」と言われます。有機農業運動や環境問題に取り組んだ動機がこの2冊の本だったという方がたくさんいます。

米国も日本もまさに経済優先、高度成長に向かおうという時代、流れに逆らって警鐘を鳴らした女性二人。「生命」と対座した女性ならではの視点だったと思います。

その有吉佐和子氏を一度だけ取材させてもらったことがありました。急逝する何年か前、長編の歴史小説を次々と世に送り出していた頃。講演の終わった後30分程度ならという約束。控え室に現れたのは真っ白なスーツ姿の大柄な女性でした。複合汚染のその後の行方に興味があり、その由を伝えたのですが、話はやはり歴史から入りました。

私がなぜ歴史小説を書くか、それは「もしも」という仮定から入るから。もしもクレオパトラの鼻が2センチ低かったら?もしもコロンブスが大陸を発見しなかったら?もしも信長が本能寺に行かなかったら?
「もしも」の3文字から想像力をふくらませていくと、歴史ほど面白いものはない、「歴史は必然ではなく、偶然からつくられる」といった主旨のことを一気に話し出しました。そして最後にだが「複合汚染」は偶然からではなく、必ず起きてくる現実なのだ。公害、環境汚染に「もしも」は要らない。「もしも」があっては困るのだと。

「複合汚染」から35年、すでに仮想ではなくその現実の真っただ中にある私たち。kantougen73-03.jpg

便利さを求めすぎて、不便が生み出す工夫、応用という智恵は退化です。

より大きいことを求めすぎ、ささやかな日々の喜びや感謝がこぼれ落ちました。

多少不便でも、ゆっくりとした歩みでもいい。澄んだ青空に満開の桜、かしましく鳥が啼く。そんな春の訪れを守りたいものです。

投稿者: 食の学校 日時: 2009年04月15日 16:40 | パーマリンク | コメント (2) | トラックバック (0)

【食コラム】木村秋則さんへのレター "木村さんが疲れるとリンゴも疲れます"

2008年12月26日

ringo.jpg拝啓 木村秋則さま

月並みではありますが「奇跡のリンゴ」出版おめでとうございます、というべきですね。書店で平積み本の表紙、新聞、パラパラめくる雑誌のカラーグラビアと、最近とみに木村さんの大口開いた笑顔によくお目にかかれるようになりました。相変わらず歯医者とは縁遠い様子ですが――。
こういう現象を露出度が高いというのだそうです。露出度が高くなると、多くの人に追いかけられます。人は「あの人に会ったワ」と自慢したくなるとミーハー化するようです。俗にいうミーハーさん達は、お相手の都合はお構いなし、自分の熱い気持ち優先で行動します。「有名になるとつらいわね」と木村さんの場合は、そう簡単には片付けられません。訪ねてくる人たちは一度会ってサインをもらえばラッキー、という類の人たちではないでしょう。熱ーい気持ちを持つ農業人となると当然、受けて立つ、というより共に熱く語りたいのが木村さんという人なのですから。

ここ2年、ずっとこういう状態が続いていると聞きました。なかには、アポなしで早朝4時にドアをたたく非常識な人もいるとか、あーあ。「鉄人」の存在は仮想の世界です。木村さんは生身の人間であると自己確認してください。

よく眠れていますか。もう何年も前にUFOが津軽平野に降りたそうですね。初冬の明け方、ピリッと身が引き締まる寒さの中、木村さんの後ろに現れた宇宙人が手招きしてUFOの中に連れてってくれた! 誰も信じなかった? (もちろん私もです)そうですが、今はぜひ再訪を待ちたい思いです。すこしの間でいいから、誰にも会うこともせず地球から離れてぐっすり眠ってほしいからです。

津軽平野はもう真っ白な雪化粧の頃でしょうね。

「農薬がリンゴを育てる」という常識のリンゴ産地にあって、無農薬、無施肥でリンゴ栽培を成功させた、これは奇跡だ!と人々が感動、感嘆しました。でも奇跡は「ありえないこと」ゆえに奇跡なので、誰にでもできることではないでしょう。木村さんが本当に伝えたいのは「先ず結果あり」でなくて、そこに至るまでの想いと言葉にならない程の失敗例、試行錯誤のプロセスなのではありませんか。

よく観ること
なぜ?と考えること
そして試してみること

この木村語録は万事に言いえることですね。私たちが学ぶべきは、この3行の背景にある想いと努力であって、早急な結果だけではありません。結果だけを急ぐあまりに木村さん、そして自然栽培への否定につながってしまう心配もあるのです。木村さんの目指す農業や世界のありようは奇跡頼みではないはずです。反対に、まともな食べものが、特別だったり、奇跡的な存在になってしまう不幸を思わずにはいられません。

たくさんの能書きや、栽培歴や、細かな表示など要らない。まともでふつうの食べものが、ふつうに食べられる、あたりまえの暮らしをとり戻したい。そのためにも、木村さんは元気で大口開いて笑いながら伝え続けてほしいのです。

たまにはわがままを通して「ノーといえる木村」になってください。それでも食の学校の皆は木村さんの応援団であることに変りはありません。

フレー、フレー、キムラ!!

敬具

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投稿者: 食の学校 日時: 2008年12月26日 14:08 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

【食コラム】収穫祭、ほんとうの旬とは

2008年11月04日

塩川恭子の食コラム
「絶好の食べごろはいつも鳥との競争です。残念ながらたいがいは鳥に軍配が挙がる。人間、食べ時の勘どころはあかんようになりましたなぁ」。

箱根山中に窯をしつらえて自然の中で作家活動をしている陶芸家を訪ねた折のことでした。澄み切った秋の青空にひときわ映える熟した柿の実。それを仰ぎ見ながらボソッといわれたこの台詞。秋が深まり、柿が色づく頃になると何時も思い出される場面です。

食べごろ、食べ時。これほど見事に旬を言い表す言葉はないでしょう。食べものを判断する基準を賞味期限、消費期限という記号に置き換えてしまった今日、「旬」をことさら言い立てながら、実は「本当の旬」がわからなくなっているのが現実です。樹上の柿の実に表示シールはありません。

命をかけて食べものを選択する、という生き物の本能。「ヒト属、ヒト科」の私たちはとっくに磨耗してしまったといえるかも知れません。

江戸っ子の初物好きは季節の節目を知り、来るべきほんまもんの旬を待つ心構えだったといわれます。

その旬が、いつの間にか「人工的につくられた旬」に変質してしまったのには、初もの初売りに走る流通に責任があるという説があります。でも、真冬にトマトやきうりを欲しがり、クリスマスにいちごのケーキを求めてきたのは他でもない私たちです。欲しがるからつくる。売れるから売る。これが商いの原点である以上、旬をゆがめてしまった責任の一端は私たちにもあるのです。

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市場入荷量のピーク時が旬という市場流通の表現で言えば、いちごの旬は真冬。完熟の露地ものが美味しくなる春にはもうお目にかかれない。夏の果物スイカやメロンが主役なのです。粒の揃わない、でも完熟で甘いいちごをグツグツ煮て、手づくりのジャムづくりなんてずい分遠い昔の話になりました。

鳥が見向きもしない季節はずれの食べものを人間さまは高値で買い求め、自慢げにほおばるのです。

それでも秋は各地の「収穫祭」がメインイベントです。瑞穂の国、日本はお米の収穫を祝い、新酒を供えて神に感謝する。お隣韓国は秋夕祭、新酒(マッコリ)とお餅が欠かせない。神々が住む島、バリ島は毎日が祈りと収穫への感謝で一日が始まります。

今年の秋は、少し「生きものの感性」に立ち返って、ほんまもんの旬を考えてみましょう。

投稿者: 食の学校 日時: 2008年11月04日 14:12 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

【食コラム】大輪のヒマワリも名も知らない雑草も生きる価値は等しい

2008年08月27日

塩川恭子の食コラムヒマワリ(向日葵)は夏の花。俳句の世界では夏をあらわす季語。春は桜、秋はコスモス(秋桜)と並んで誰もが答えられる季節の花のひとつです。もっとも最近は花の世界も栽培技術が進み、四季折々の季節感が薄れてきているうえに春雨のようにシトシトどころか熱帯化した集中豪雨で、雨に打たれた花は無惨です。

真夏の強い太陽が似合うヒマワリ。紺碧の空と地平線までつづく黄色の波、というヒマワリ畑の図は南仏やスペインを想像させますが、原産地は北アメリカ。コロンブスの時代にスペインへ渡来し、シルクロードを経て日本への伝来は17世紀、江戸文化華やかな元禄時代だそうです。中国大陸を列車で旅したとき、隣り合わせのご縁でと大きなポットのお茶と、茶の友ヒマワリの種をいただいた。そう昔のことではないのに、昨年旅した友人によるとペットボトル入りの緑茶とクッキーだったそうですが……。

このヒマワリから搾った油は、オレイン酸が多く、健康油として注目されています。パーム油、大豆油、なたね油に次いで植物油脂としての生産量が多い。そして今、高騰し続ける大豆やなたねに代わってバイオ燃料への転用研究が急ピッチで進められているのだそうです。食糧かエネルギーか、この夏の花にも価値観のせめぎあいが押し寄せてきています。

塩川恭子の食コラム

名もない雑草?は立派な名前がある

人類が長い長い歴史の中で培ってきた自然に関する知識。共に生きる智恵は計り知れません。それは自然への畏敬、愛に根ざしたものといえるでしょう。

今、自然と人間のつながりは希薄どころかズタズタにたち切られています。

生物多様性という言葉が日本で市場権を得たのは1992年、リオデジャネイロの国連環境会議が開催された頃からです。「生物多様性の喪失」という獏とした用語が現実味を帯びてきたのは、それほど自然が悪化の一途をたどっているからに他なりません。

自然が少ないという都会のどんな小さな庭先でも90から100種以上の植物が数えられるといいます。雑草のようにはびこる。名もなき植物などとひとことで語られてしまう雑草とは一体何なのでしょうか。

生食用の野菜、出荷用の花。人が何かの目的を持って植物を育てるとき、それを邪魔する存在は「厄介な雑草」として排除されてしまう。作物も育てず、ひたすら分けて頂いている身としては、生産者の皆さんのご苦労にただただ感謝するのみではありますが、ちゃんと名前もあり、各々の生活を営んでいる雑草さんの気持ちも考えてしまうので
す。そんな話を郷田實さん(前、宮崎県綾町町長、故人)にしたことがありました。「ヒトは自然を略奪するばかりで何も返さない。必ずしっぺ返しがきますよ」と天を仰いだ郷田さんが案内してくれた自園のみかん畑。見事な雑草が生い茂った畑の中にたくましく育ったみかんの樹。

「自然界に役に立たない存在というものはひとつもないのです。草は地球のビロード。やがて自分たちの役割が必要でなくなったときには自然に消えていくのですよ」――自然農法。郷田さんの目指した自然と共生する農業の原点でした。

投稿者: 食の学校 日時: 2008年08月27日 21:00 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

【食コラム】便利さから半歩戻って見えてくるもの

2008年08月12日

塩川恭子の食コラム空気はタダ。湯水のごとく浪費する。霞を食べて生きられるか? いずれも換金価値が無いか低いもののたとえに使われていた。ところがである。今はとてつもなく高価で重い意味を持つに至った。深呼吸して体いっぱいに吸い込みたい「うまい空気」は高嶺の花。湯にすべくエネルギーの高騰は天井知らず。水は枯渇寸前で水戦争も起きかねない。たなびく霞は汚染のスモッグか花粉の渦。近頃は大陸から黄砂まで押し寄せて、お日様も霞の彼方だ。

憂うべきこの状況は深刻な食料不足という現実に直結する。誰もが漠と感じていた危うい近未来がひたひたと近づいてきているのだ。

30年前既にこの未来は予測されていた。英国の環境生態学者はより踏み込んだ説を立てている。当時37億6000万人だった世界総人口が30年後の2007年には倍増し、70億にせまるだろう。環境汚染もエネルギー危機対策も急務であるが、深刻な食料不足には人口増がある限りお手上げ状態である。

一方で科学の力で克服できるという楽観主義者もいた。悪環境に強い新種の穀物を発見開発し、タンパク源は工場生産すればいいと。地球上で南北の格差が顕著になり始めたのもこの頃である。長期にわたる干ばつ、戦争で栄養失調による餓死者がエチオピア10万人、バングラデシュ15万人、ほかの途上国でも相当数と伝えられた。だが、その頃豊かな先進国では食用動物の飼料やペット用に消費した穀物は当時の中国とインドの全人口の消費量に匹敵する量だったという。これも事実である。その中国とインドが今や世界の食糧環境を左右する国になった。

中国、インドへは何度か訪れる機会があった。有史以前から計り知れない知の財産を持つ国であることはさておき、この両国の第一印象は「怖くなるほど人がわいて押し寄せてくる」につきるのである。特に都市部では人、ひと、ひとに車、バイク、自転車(インドでは牛さんも)の勢いと喧噪に立ちすくんでしまう。15年も前の有様であるが、人口爆発に近代化は追いついていないのが現状であろう。

同時期に中国湖南地方の桃の生産農家を訪ねたおりのことである。経済開放政策が少しずつ進められて、中国のあちこちに金万戸(富裕層)が続出していた。食生活の豊かさは果物の消費拡大につながる。都市部への販売で金持ちになったこの模範農家でお茶を供された。お茶請けはガラスの小鉢にゆで卵二個、たっぷりの黒蜜に金粉がぱらりとかけてあった。通訳いわく、結婚式でも出ない最高のもてなしとか。卵は日本でも昔は「病人の見舞いに」といわれるほどの貴重品だった。やがて朝食に目玉焼き(当然二個)はごちそうではなくなった。早晩この国もそうなるだろう。で、この国の人口×卵二個の朝ご飯はいったいどれだけの卵が要る? ワインもチーズも、今は牛肉も鮮魚も世界中の珍味、グルメは中国セレブの御用達である。

大河長江を船で下った。電力供給のために長江に巨大ダム建設が着手されようとしていた頃である。歴史や文学に登場する数々の名所、寺院が水没の運命にあった。

この大河を何日もかけて下るうち、行き交う大型船も漁船も水上生活者も、排水や生活汚水はすべて川に流していることに気づいた。対岸からは石炭の燃えかすも捨てられる。「規制はないのか」と聞いたら通訳はこう答えた。北京大学卒業で日本文学を読みこなすというエリート通訳だった。

「中国は発展途上国です。いろいろ問題はありますが、先に進んだ国に追いつこうとしているのです。ほら、文豪芥川龍之介の“蜘蛛の糸” ですよ。先を行く人が自分だけ助かろうと糸にすがって後から上ってくる人を蹴落とす権利はありますか」。

人は食物を求め続け、より快適な暮らしを追いかける。皆がせめてもう半歩戻ってみたら、糸の太さや強さが変わるのだろうか。

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左)ダム建設中の大河長江
中)沿岸で観光客目当ての売り込み
右)リヤカーが大事な運搬車

投稿者: 食の学校 日時: 2008年08月12日 18:06 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

【食コラム】幸せな食卓とは ―たまごかけご飯に思う―

2008年01月25日

塩川恭子の食コラム新米のおいしい季節である

炊きたてのご飯に新鮮な卵をポンと割りのせてお気に入りの醤油を数滴。ササッと混ぜてかき込む――。食事の作法を重んずる方なら眉をひそめるだろうこの食べ方。これぞニッポンの味とご飯党ならではの醍醐味が味わえる。

この「たまごかけご飯」がひそかにブレイクしているという。スーパーやコンビニの棚に並ぶ「おたまはん」は専用の醤油の小瓶。ドライブインでは、新米の米俵の隣に大量の卵のパックと醤油が大陳列してあった。

このブームの仕掛け人は島根県奥出雲の「たまごかけシンポジウム」のメンバーの面々。山村地区の特産品の企画開発担当者、醤油醸造、そば製造業、海産干物、練り製品、乳業など業種、業態を越えて地域活性化のために活動してきた人たちである。「家庭で料理をしなくなって醤油の消費が減っちゃった」「若者はパンやスパゲッティ。主食の米は影が薄いよ「」あったかい白飯に卵かけただけで旨いのになあー。」いつもの寄り合い席でのこと、何気ない会話の中からコロンブスの卵ならぬ「たまごかけご飯」のアイデアが誕生したという。

奥出雲地方は「命をはぐくむ農業」をテーマに早い時期から地域ぐるみで有機農業や正しい食の普及を実践してきた。米も醤油も農産物も「ほんものがあたりまえに有る」ところなのである。当然のことながら、ご当地の「たまごかけご飯」は旨い。

仕掛けてから約6年、確かな食への見直しの機運と相まって一気に広まった。このブームに乗ってたまごかけ用の醤油が全国あちこちの蔵で誕生し、チームは業界や県から表彰されるに至った。

お母さんたちが台所を放棄しはじめたといわれてから久しい。食卓の上の手作り風惣菜も外からの調達品、炊きたてご飯はスーパーの売れ筋である。一見豪華に見える食卓。でもそこには大事なものが欠けてはいないだろうか。

家庭料理の崩壊は家族の崩壊、そして社会の崩壊へとつながりかねない。昨今、ひきもきらない食品業界の嘘やごまかしの発覚。連日のように目にする関係者の謝罪の場面に「あなた方だけの責任よ」と声高に言い切れるだろうか。安価で便利で見掛けがよくて長持ちする。しかも美味しく、できたて!がいい。皆が望んだもの、売れるものへと、業界も消費者も皆で走った結果にすぎない。生産者はなげく。「やれ有機だ、無農薬でつくれと消費者は言う。でもちゃんと買ってくれるの?ごまかしをして安くつくったものと価格だけ比較して、高い高いと結局売れないんだよ」と。

家庭の味の喪失だけに留まらない。食材のつくられ方、素材の特徴、調味料の善し悪し、鮮度、味付けなど「食べもの」を選び極める力が育たない。結果、賞味期限、消費期限というシール頼みとそのチェックに追われ、いつも「誰かのせい」という責任転嫁に行き着いてはいまいか。

炊きたてのご飯に産地の棚田を想い、ひとしずくの醤油に日本の伝統食品への感謝を、そして一個の卵に「命を頂くありがたさ」に合掌。この上ない幸せな食卓である。

投稿者: 食の学校 日時: 2008年01月25日 12:56 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)